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「なんでもいいよ!」て偽善的だと思っている件

「今日のごはん、何食べるー?」
「わたし、なんでもいいよ!」


わたし個人的に「なんでもいいよ」ってすごく嫌いです。
言っている人はおそらく、
「私が食べたいものは今、特に何もありません。なんでも食べれます。あなたの好みのお店でいいよ」
というつもりで言っているのかもしれません。
あなたの希望(わがまま)にお付き合いしますよ、という譲歩と思っているかも?

でも極論ですが、
それって考えることや提案することを放棄した偽善じゃないでしょうか?

その理由として以下の3つがあります。

①世の中の全ての食べ物を差して「なんでもいい」わけではない

②相手に選択肢を100%委ねているわけではない

③「食べる物やお店の案を出す」「決定する」という労力全てを他人任せにしている



つまり、相手の要望を類推しながらご提案しなさいよ、と同意語ではないかと。
夜の18時に東京駅で
「ごはん、どこで何食べようか?」
「なんでもいいよ」
「長野県で食用にされている水生昆虫“ザザムシ”を食べてみたいから新幹線で行こう!」
さあ、はたして「いいよ!」と返ってくるでしょうか?
イジワルな質問ですね(笑)



言われるのがイヤだけど、もちろんわたしも「なんでもいい」と言いたくないので、
聞かれたら、いくつか候補を出すようにしています。
それはお店の場合もあれば料理名のこともありますし、
料理のジャンルのこともあります。
案を出すことで、わたしの希望と相手の希望をすり合わせしやすいと思っているのですが、
まれに
「今日はパスタか焼肉かハンバーガーが食べたいんだけど、どう?」
「なんでもいいよ!」
をーーーい!
結構ジャンルを分けて提案したのに!(笑)



ま、こぶたはわがままな方なので、「なんでもいい」と言われても
機嫌がいいときは遠慮なく自分の行きたいところへ連れて行きますし、
機嫌が悪いときだけ、こういう思考回路になってしまうお話でした。

常に「なんでもいい」が口癖になっている方、
相手の「案を出さなければならない労力」「最終決定をしなけばならない労力」を
もう少し考えてあげても、いいんじゃないでしょうか?


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